医療費三割負担は妥当か

坂口力(厚生労働大臣)×坪井栄孝(日本医師会会長)

マイナス改定なのに、なぜ負担増?

坪井 この四月から、一般サラリーマンの医療費負担が二割から三割になります。しかし、国民の負担を増やさなくてすむよう、医師会は医療費改定の時に、二.七%節減することに同意しました。経済の疲弊から現在社会全体が、リストラや、給与水準の引下げを行ない、家計も苦しくなっている。だから、医療にかかる負担を節減するという苦渋の選択を私たちはした。
 二.七%というのは、試算では七五五〇億円ということですが、それだけのお金を節約したつもりでいるのに、国民にとっては医療費が下がったという感覚がなくて、むしろ逆に、負担が増えたという感じがしている。これはもう我慢のできない問題で、国民感情を逆撫でされたような感覚です。マイナス改定をした時、「政府がやっている政府管掌健康保険が大変な赤字になっている。これを放っておくと、日本の皆保険制度が、崩壊してしまう」と厚生労働省が発表しました。ところが、これは嘘なんですね。日本医師会の試算では、政府管掌健康保険は、平成十四年度が終わる時には、単年度の収支は確かに赤字ですけれども、事業運営安定資金というのがあって、これはプラスになっている。さらに次年度は、経常収支もプラスになる。でも、厚生労働省に「なぜ赤字なんですか」と聞いても、明確な返答がないのです。
坂口 昨年、医療改革の際には、二.七%のマイナス改定という、無理をお願いしました。なぜこういうことになったかといえば、少子高齢化が急速に進んでいることがあります。高齢者の割合が、大きくなっていく上に、高齢者の医療費は多くかかりますから、年年、四%前後、額として一兆円前後の医療費の値上がりが続いています。
 そうしたことから、三割自己負担をお願いする、と。これで個人負担がどのぐらいになっていくかをみますと、大まかにいって、保険料で六分の三、そして一般財源、いわゆる税からの導入が六分の二、個人負担が六分の一。平成二十年くらいにはそのような割合になると予測をしています。三割払うのになぜ一五パーセントかという疑問があると思いますが、高額医療の場合には、上限がありますし、高齢者にも低所得者の外来受診の場合で八千円という上限があります。ですから、トータルでみますと、このような割合になるのです。そのぐらいの負担は、皆さん方にお願いをせざるを得ない状況に来ています。
坪井 まだ法律が施行される前に、雰囲気だけで、医療費の節約がなされているということは、大臣もご存知のとおりです。患者さんたちが医療にかかることを手控えているんですね。経済の問題で病気が手遅れになるということが、現実に起きてくる。調査によれば、十月から十二月の累計値を平成十三年度と十四年度で比較すると、約五%医科医療費が減っています。同様に、老人の入院外医療費は二.五%も減っているんですね。
坂口 厚労省のデータでいえば、平成十四年四月から九月までの六ヵ月間で、医療費全体で、一日当たりの医療費をみますと、〇.九%のプラスです。開業している先生方に関係の深い、入院外のところですと、マイナス一・四%。しかし、このなかには大きい病院の外来も含まれていることを、ご理解下さい。
 ご指摘のように、受診の延べ日数がかなり減っていることは、間違いございません。総医療費でみますと、平成十四年一月〜三月に比べてマイナス三・五%という数字が出ています。
坪井 トータルというところが、大臣の認識と医師会の実情とが違うところで、医師会の出している現場の資料を参考にするぐらいの誠意があってもいいんじゃないですか。まったく見ないで「トータルで」と言われても、現実に医師のなかには本当に困っていて、倒産寸前の人たちがいるわけです。
坂口 もちろん厚労省のデータは、平均値の話です。頂いた数字と、こちらが出したものが、どういう理由で、どこが違うのかということは、検証しなければならないと思っています。
坪井 三割負担の問題ですが、医師会は、データを出して政府管掌健康保険は大丈夫といっているのですが、それに対して、議論のできる資料を出していただけないのはなぜですか。
坂口 医師会の数字と違いますのは、老健拠出金として出す金額の見方が少ないほか、政管健保に入っている人数が減っていることですね。
坪井 だけど大臣、こちらは実数を出しているわけです。そちらが実数をなぜ出せないのかと聞いたら、財政のことだから言えないこともありますというのが、社会保険庁の返事ですよ。国民の命を預かっているところが、そんなことを言っていいのですか。
坂口 分かりました。それはちゃんと出させるようにしますから。
坪井 話はとびますが、保険料を払っているのに、どうしてもう一度窓口で支払う自己負担が必要なんですか。
坂口 医療費が増えていく率が高くなっていくなかで、一部は負担していただくことが大事だと思っております。
坪井 国民は、毎月毎月健康保険料として多額の金を払っている。ところが保険で出す
金が足りなくなると、お前の財布から出せということになる。もっと負担しろというなら、保険料を上げればいいじゃないですか。
坂口 もちろん保険料として出していただきますが、よくお医者さんにかかられる人も
あるし、まったくかかられない人も存在するわけで、その差が出てきますから、一部は負担をしていただくことも、止むを得ない。
坪井 国庫からお金が出ている社会保険なんて、全世界を見まわしてもありません。これは社会保障として非常に高い見識だと思いますよ。それから健康保険も素晴らしい制度です。しかも皆保険ですから。
 せっかく相互扶助の精神が国民的合意であるならば、公平を期すために病気をした人に負担をかけるという精神は、これは矛盾した話ですね。病気をしようがしまいが、社会保険があるから、安心して生活ができるというのが、社会保障でしょう。
坂口 そこは社会保障に対する考え方によって、違ってくるわけです。社会保障として、お互いに保険で出し合いましょう。しかし一部は個人が負担をしましょうということによって、成り立っていくのがいちばん望ましいという考え方もあります。
坪井 私は社会保障のなかで医療保険の一部を個人負担にするという手法は間違っていると思います。社会保障のなかで、医療費が足りなくなるから、国民も負担してくださいというところまではいいですけれども、それならば、別個にその部分だけ作ればいい。高度先端医療のように公的保険でカバーできない部分は自分たちで備蓄して必要な時にそれを自分で使う、と。これならば公平でしょう。
坂口 保険料で全部出せるかといえば、要るだけ全部出しますよとは、なかなか言えない。若い元気な方は、年金であれ、医療であれ、保険料が高くなるのは困るという話が、当然出てくるわけです。
坪井 若い人もいつか年をとる。だからこそ自分で備蓄するという国民的な合意を作るのが、政治の役割じゃないですか。そこの部分で手を抜いていて、国民が出す分では足りない、と言う。どういうふうにその足りない部分を埋めるかを考えるのが、政治ですよね。
坂口 大きい病気をした時には、割合は低く、軽い病気の時には、それなりの負担をするということが、あっていいのではないでしょうか。胃がんの手術には平均して二百万円くらい必要です。しかし本人が負担する分は、約九万円だと思います。全体の五%です。だけれども、風邪を診てもらって二日か三日で終わる時には、三割で一五〇〇円くらい負担してくださいと。それぐらいのことをしなければ、この医療保険制度というのは、続いていかないと思います。

新たな高齢者医療保険は必要か

坪井 高齢者の保険についてお話させていただきたいのですが、この件については、医師会として非常に明快な提案をしています。それに対して厚労省から出てきたA案、B案というのが、何をやろうとしているのか、よく分からない。
坂口 現在、国民健康保険や政府管掌健康保険、健康保険組合など、医療保険者は五千を超える数に分立しています。そしてそのひとつひとつに、事務的な経費が多くかかっている。これから先は、医療以外で使う金を極力削減して、無駄を省いていくべきだと思っております。そのためには、保険を統合していくことが先決です。この大前提の上に立って、高齢者医療の財源の話になる。一つは、すべての保険者が、高齢者の医療の分を負担するという考え方があります。七十五歳以上の高齢者については、二分の一までは国庫負担と決まっています。残りの分について、保険者が調整を行う。これが、厚労省の出している案の一つです。
坪井 いわゆるA案ですね。
坂口 それからもうひとつは、七十五歳以上のところについては、別枠の高齢者医療保険を作るということを提案しているのです。国が負担した残りの二分の一をどうするか。高齢者の皆さん方にも保険料を払っていただくのか。それとも健康保険が支援をしていくのか。これは今後の議論の中で決めていきましょうと。これがB案ですね。この二つを示し、問題提起をしました。
坪井 B案というのは、医師会の案の変形のようなものですよね。最初に保険の一本化の話をされましたが、このA案だと、健康保険組合は全然いじれないわけですよね。
坂口 健保を全部県単位にできるかということになれば、これは難しい問題だと思います。NTTのように大きな組織もありますし、全国たくさんの都道府県に散らばってる会社もありますから。
坪井 制度の一元化を図ることは、なかなかできないと思っておられるわけでしょう。それでは手をつけないことと同じですよね。
 私が非常にびっくりしたのは、このA案でいくと、新しい高齢者の制度を創設しなくてもいいと思っていらっしゃるわけです。高齢者も含めた医療全体を、高齢者に重く、若者に軽くといぅ負担でまかなうという提案ですが、まかなえるとは、とても思えない。
 ですから、高齢者の医療保険制度というのは、独立したものであることが必要なのですが、もちろん、段階的にこの新しい保険を施行していきながら、老人保険に対する拠出金を全廃する。医師会は、この新保険に対して、最終的には国庫から九割入れるということを提案しているわけです。国庫を入れることによって、若者の負担が生じないようにする。こういう非常に理にかなった案を出しているのに、厚生労働大臣は、それは要らないという話をして、人心を惑わす。
坂口 いや、人心を惑わしてはいません。すべての保険を一元化することができれば、高齢者の医療費をそこから出すことができます、と。
坪井 一元化しなくたって、できますよ。
坂口 足りないところを一般会計から入れればできるという話ですね。
坪井 九割入れるために財源が云々というのであれば、保険者は拠出金が免除されるわけですから、公的な資金を遠慮していただけばいいでしょう。
坂口 そうしますと、今以上に国保が大変苦しくなる。
坪井 国保が大変な部分に関しては、大臣も言っておられるように、拠出金廃止分負担が軽くなる保険者が財政調整すればいいじゃないですか。
坂口 先生がおっしゃる財政調整は、国から導入すると叶うお話ですから、国が出す分が増える。その分他の税制でまかなわなければなりません。
坪井 財政調整というのはそういうことではないと思いますが、いずれにしろ国民的な合意がないと駄目ですから、今のやり方は良くないと思います。
坂口 医療費に国が出しているのが、七兆五千億円。集める税金が四二兆円ですから、ざっと六分の一が医療費に使われています。この額を多いとみるか、少ないとみるかは立場によって違うだろうと思います。高齢化が進めば医療費はさらに必要になってきますから、もう少しは出してもらわなければならないと思っておりますが、しかし、今のこの税制のなかで、かなり限界に近づいているということも、間違いがない。
坪井 だからこそ、どこに国が金を使うべきなのかという話になります。私は、社会保障に対する国の金の出し方は、少ないと思いますよ。OECDの順番からみたら、十八位でしょう。個人の負担は、先進国の中で九番目ぐらいです。国の財源の配分の仕方を国民的な合意を得ながら変えていかないと、社会保障は、だんだん尻すぼみになるばっかりですよ。
坂口 景気が悪ければ、景気を良くしていかなければならない。教育がきちんとしないことには、次の世代の医療従事者も生まれてこない。「もっとよこせ」は分かりますけれども、そこには限界があります。社会保障費全体で一九兆円に達しています。
坪井 もっとよこせという次元の低い話をしているのではありません。社会保障に対する国民の合意をとる、そういうリードを政府がするべきだと、言っているんです。
坂口 保険料にしても、ちょっと上げたら天下がひっくり返るような騒ぎになるわけです。しかし必要な額は、要る。その代わりに必要なサービスを作り上げるわけですから、そこは国民の皆さんに理解をしてもらう努力が必要だとは思います。
坪井 まさに正論ですが、だから、三部負担だというのはおかしいじゃないですか。
坂口 そこへ行くにしても、やはり、個人の負担がある程度あって初めて、社会保障のありがたみも、分かるわけです。高齢者が増えて、負担する世代が減れば、当然ながら、国が出す部分も、保険料で出す部分も、増えてくる。
坪井 それ消極的な話ですよね。私が言ったのは、積極的な政策じゃないですか。今のままでは、日本の医療や福祉が、三流になってしまう。
坂口 今のままでも増えていくということを甲し上げているわけです。それ以上のことをやるということになれば、それ以上の負担をしていただかなければならない。

理想の医療の形

坪井 より長い医療を実現するために今、何をすべきか。医師会でも常日頃から考えていることです。まずは、分かりやすい医療でないといけない。そのためには医師が持っている医療の情報が十分に伝わらなければいけない。「分かりやすい医療」というのが、理想の医療の第一歩だと思います。それから、われわれが提供した情報を活用し、患者さんが自分に適した医療を選ぶ「選択する医療」の時代になったと思います。
坂口 まったく異存がございません。
坪井 また、医療事故が起きると、医療の安全性について国民は非常に不安を感じると思います。ですから、積極的に「安全な医療」を実現しなければならない。
 医師会では医療安全推進者の養成講座を開いています。これは、医師たちだけでなく、病院・診療所の事務職員、看護師なども受講しています。この医師及び医師を取り巻くいろいろな人たちの安全教育を推進してきて三年目になりますが、皆、一生懸命勉強しています。
坂口 厚生労働大臣として考えますと、医療現場があまりにも忙しくなり過ぎているということに着目しなければならないと思っています。
 現在、診療報酬の基本の見直しを提起しています。何を基準に診療報酬を積み重ねていくのかを明確にしなければならない。私が提案しているのは、一つは、病院あるいは診療所のコストを基準とする。それから時間の基準。診療時間の長さですね。それから、病気の重い患者さん、あるいは軽い人。そういう重い・軽いという基準。
 そこから先、決めた基準に沿い、点数を積み上げていくわけですが、この積み上げていく重点のおき方が大事だと思うのです。救急から生活習慣病まで医療が多様化していますから、ここが偏っていると、一方の先生にはいいが、一方の先生には具合が悪いということになってしまう。ですから、公正な重点のおき方が、必要だと思います。
坪井 大臣がいつも言われているゆとりというお話、これは素晴らしいんですよ。忙し過ぎるというのも、そのとおり。そのゆとりを診療報酬のなかで考えるというのは、厚生労働大臣の発言としては画期的ですね。
坂口 医師会長にしていただけますか(笑)。抜本改革の中で、一番大事なところは、診療報酬体系の基本の見直しだと思っています。
坪井 その見直しも必要かもしれません。基本的には、抜本改革というからには、国民が何を望んでいるのかというところに視点を置かなければならないと思っています。
坂口 おっしゃるとおりです。言うことを聞いてもらえる、先生方からも、十分に説明をしてもらえる、医師と患者の間の信頼関係を作り上げるような制度を作ることだと思っております。
坪井 それば診療報酬の中での問題じゃなくて、ゆとりの問題ですね。
坂口 だからそこには時間のものさしも要りますよと。今はね、三分でも三十分でも一緒なんですから。時間をかけて説明をしたり、患者さんが言っていることを聞いていただけば、そのことに対する評価はするという制度を作らないと、歪みが生じてくるわけです。
坪井 しかし、われわれは医者としてプロですから、時間のファクターが入らないといい診療ができないほど、次元の低い集団ではないですが、なぜ医師たちが診察時間を短くしなければならないかという、根本がある。医師たちは余裕がないんですよ。診療報酬の多寡の問題です。経営が成り立つかどうかの問題なんです。
坂口 だから、成り立つようにしなければいけない。説明の時間を持っていたら、経営が成り立たないようではいけないということです。
坪井 先生もお医者さんだからお分かりになっているので安心ですが、時間のファクターを入れて、それを評価することはものすごく難しい。ストップウオッチを持ってやるわけにもいかないし。
坂口 そこはいろいろやり方はあると思う。今は全然ないんですから。
坪井 国民が今一番望んでいることは、安全な医療とか、分かりやすい医療とか、選べる医療ということでしょう。この三つのものを実現するには、いろいろな政策を打っていかなければならない。そのポイントが高齢者医療のところです。この高齢者医療政策を最優先して改革していく手法を、われわれは「ポリシー・ダイナミクス」というんですけどね。
坂口 名前はいいですね。(笑)
坪井 内容もいいですよ。高齢者のところを台風の目のように求心力を持たせて回していくと、それに吸い付けられるように諸政策が変わらざるを得なくなる。
坂口 おっしゃることを理解はしているつもりですが、先生は、足りない分は国の金を持ってこいとおっしゃるけれども、そう簡単にはいかない。立場上、少しでもたくさんくださいよと言いますが、高齢者医療の九割に、国の財源を入れるということになれば、年齢の若いところに出している財源をみな吸い上げてしまう。そうなると、また大変なところが出てくるわけです。
坪井 それには国の予算配分を根本的に変える発想の転換が必要ですが、さらに負担の考え方も変える必要があります。お金の出し方に、国庫と、事業主負担と、家計負担とある。世界でいちばん低い、この事業主負担のところをいじらないといけない。三割は事業主に出してもらわないと。
坂口 われわれも、もう少し出してくださいと言っています。諸外国と比較しても、決して日本の企業が出している額は多くないと、経済財政諮問会議でも報告しています。
坪井 大臣の所属している内閣は、サッチャリズムを踏襲している。サッチャリズムでイギリスの医療は、滅茶苦茶になった。もっと悪いことには、そこにアメリカイズムを加味している。これはね、よほど注意しないと、日本の医療がなくなっちゃいますよ。大臣、小泉総理にちゃんと言ってください。
坂口 私は私の立場を言っています。言っていますが、九割、国費を入れるとなると、医師会は、財務省と折衝してもらわなければならなくなる。
坪井 財務省とは大臣が戦ってください。私は大臣と戦いますから。
坂口 私はいちばん分が悪いですよ、それじゃあ。(笑)
坪井 そういう立場だから、しかたないですね。財務省厚生労働局では困ります。大臣の任期中にきちんとやることはやってください。
坂口 ですから押さえるべきところは押さえます。
坪井 え? 今以上にどこを「抑える」んですか。
坂口 先ほどから言っているじゃないですか。医療費というのは、必要なところには必要なんだと。
坪井 あ、そういう意味ですか。抑制するのかと思いました。ゆとりも押さえるべきところですね。
坂口 だから、ゆとりある医療を行おうとすれば……。
坪井 そこから先が具体的には理解できないんですが、診療報酬の話をからめるとかなり難しいことですね。
坂口 それなら、今日はここまでにしておきましょう。