M先生と自動車
小郡市 古川和宏

 M先生の車はダークグリーンのコロナであった。ミッション(手動変速)であり、パワステではない。サイドミラーはフェンダーの上についていた。車体についた傷跡はながい歴史を物語っていた。先生は白い手袋をして運転される。ハンドル捌きがし易いからである。時々、先生の車に乗せても らったが、色々と昔の話を聞かせてもらった。「若い頃は大事な時にノーと言えなくて後で困っ たことになる場合が多かった。」と言われたのが 妙に印象に残った。その後先生が公平な立場でノーと言われる場面に何回か出くわしたが、お蔭で我々は過ちを未然に防ぐことが出来たと思っている。ある時往診中に先生の車の横腹にバイクが激しく衝突した。相手の人は仕事中で、バイクはかなり壊れたらしい。しかし怪我はなく、まあよかったということで、そのまま別れられた。その夜その相手の人は夫婦揃って先生の家を訪ねて来られた。深くお詫びをして、先生の体に異常はないか。先生の車は相当に傷んでいる筈だと言われる。しかし先生は「この通り私は元気だし、どこも怪我し ていない。私は医者だから自分の体は自分でわかる。車も大丈夫。」「そんな筈は無いと思います。 私のバイクは滅茶苦茶ですから。」と言っても先生は何ともないと言われる。もっとも先生の車はもともと傷だらけだから何処が新しい傷かわから なかったのかも知れない。その夫婦は深く恐縮し 菓子折を置いて帰って行かれた。
 先生の運転はこの上なく安全運転であったから 恐らく交通違反も事故も無かったであろう。だが交通遺児にはずっと昔から毎年援助しておられた。 あしながおじさんである。
 先生の車に乗せてもらっていた時、そっと先生に言ってみた。「先生の車も大分働いたようですね。今の車はオートマチックでパワステでとても楽ですよ、そろそろ買い換えてはどうですか。」 「そんなにいいですか、そのうち買い換えましょ うか。」しかしその後しばらくして買い換えられた車は、ハンドルこそパワステであったが、矢張 りミッションで、サイドミラーはフェンダーの上にデンと載ったコロナであった。ミラーの取り付けだけでも苦労したと車屋さんは言っていた。明治の気骨か、近代文明への抵抗か、或いは公平に考えてノーといわれただけの事だったのであろう か。
 今年になって先生の左肘関節は病のために動かなくなった。それでも時には従業員に運転してもらって往診もされていた。毎年7月に行われる市の老人検診も今まで通りに無事終えられ、9月1日先生がかねてから望んでおられた通りに自宅の畳の上で安らかに、静かに帰らぬ人となられた。約8年前この会報の23号にO先生という題で拙文を載せて頂き、先生のお人柄の一端にふれたが、O先生とはM先生のことであり、森田武雄先生のことである。もう先生に叱られることもないのだが、「ちょっと目をはなしたら、もうこんなことをする。」森田先生の苦笑とつぶやきが聞こえるようである。
 我々は9月7日小郡三井医師会葬を行った。享年82才。 合掌