思い遣りと感謝の気持ち

名取 一幸(小郡三井)

"〜さん、どげんねー?"
"はい、おかげさまで、よくなりました。"
診察室で、うれしくなる瞬間であります。
"おかげさま"という言葉は、言われた人の気持ちを和ませる響きを持っています。"お蔭様"のいわれは、他人から受ける利益や恩恵を意味する"お陰(おかげ)"に、"様(さま)"をつけて丁寧にした言葉だそうです。"陰"は、古くから、神仏などの偉大なものの陰で、その庇護を受ける意味として使われていて、"御影(みかげ)"が"神霊"や"みたま"を意味することにも通じるといわれています。
私の敬愛する故司馬遼太郎氏が、"21世紀に生きる君たちへ"という子供たちに向けたエッセイの中で、"人間は、自分で生きているのではなく、大きな存在によって生かされている"というへりくだった気持ち、自然への素直な感謝の気持ちが必要だといっています。私は、信心深い人間でも、宗教家でもありませんが、こういった敬虔な気持ちは、人間として最も大切な部分ではないかと考えます。近頃は、人にして貰った事に対して素直に"ありがとう"と言える人が少なくなっているように思います。して貰って当たり前の事の様に厚かましくなって、もし、して貰えなかったりしたら、文句まで言い出す始末です。物騒な世の中になり、考えられない様な事件が報道される現代において、欠けているもののひとつは感謝の気持ちかもしれません。
私の親しくしてもらっている先生が、よく口にする言葉があります。"かけた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め"です。人は感謝の気持ちを忘れてはならないのです。自分が今まで生きてきたなかでは、多くの人に迷惑をかけたり、また人を傷つけたりもしてきたと思います。いろんな人の"おかげ"で現在の自分がいるのだと自覚するようになりました。他人を思い遣り、その人の気持ちになって行動する事により、世の中の誹謗中傷や、争いごとが少なくなり、もっと平和な世界になれると信じます。一方で、"小さな親切、大きなお世話"という言葉もあるように、時として、こちらが親切のつもりでも、受け取る側にとっては迷惑な事もあります。人の事を思い遣る気持ちはとても大切な事ですが、自分のした事が、本当にその人に喜ばれるとは限りません。おせっかいに思われたら何にもなりません。人間社会において難しいのは、こういった繊細な部分です。私ももっと人間を磨き、このあたりの機微を感じられる様にならなければいけないと思います。