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河内 祥温(小郡三井)
のんびりした休日の午後、居間で本など読んでいると我が家の三匹の猫たちが寄ってきてごろんと寝転んだり、おやつをねだったりして来る。猫バカの私としてはたまらなく嬉しい時間である。そんな時にはふと、以前この子たちがやって来る前に飼っていたシマという猫のことを思い出してしまう。もういなくなって二年近くたってしまった。
八年前のある日、家内が買い物に出た時その猫は近くのマンションの玄関の植え込みに座っていた。「あら猫ちゃん」と家内が呼びかけると「ニャア」と返事をする人懐こい猫だった。用を済ませた家内が同じ道を帰って来た時にもそのまま座ってじっと家内を見ていた。「猫ちゃん家にくる?」と家内が声をかけると、さっと立ち上がって、トコトコと後ろをついて来たのだ。まるで長い間留守をしていた自分の家に帰って来たかのようにその日から遠慮なく我が家に居ついてしまった。体格のよい、縞模様の立派な雄猫だった。シマと名づけてベランダで餌をやったり、古い絨毯を敷いて寝場所を作ってやったりしていたが、いつの間にか家の中に出入り自由になってしまった。多分人に飼われていたことがあったのだろう、室内を汚すことも無く、柱や畳で爪を研いだりすることも無かった。
家に入れるからには少し毛を綺麗にしてやろうと言う事で、家内がペットショップに連れていって毛づくろいをしてもらった。シャンプーの香りを漂わせて帰って来たのは良かったが、この時爪をしっかりと切られたのがいけなかった。シマはどうやら我が家の近辺でテリトリーを広げていたようだったが、他の雄猫としょっちゅう喧嘩していた。小さな引っかき傷など日常茶飯事のことだったが、この爪切のあとそれこそボロボロにやられて帰って来たのだ。鉄砲をもたずに戦争に行ったようなものだ。シマの偉いところは、私が傷口を消毒するとき、多分相当に沁みて痛いだろうにじっと我慢していたことである。その後、押入れに逃げ込んで、まるで死んだように眠っていたが、翌日の明け方、突然目を覚ますと脱兎の如く走り出て行った。数時間後、尻尾をピンとたてて意気揚々と凱旋してきたが、多分敵の虚をついたのだろう。ソファーの上で長々と寝ているのを見てみごと失地を回復したのだろうと思ったことであった。それからは我が家で体を洗ってやり、爪はあまり深く切らないようにした。
当時テレビの地方局がペット自慢を募集していたので、娘がシマの武勇伝なファックスしたところ、取材を受けることになってしまった。門柱の上で腹ばいになったり、ソファーの背の上でポーズを取ったりとカメラマンやリポーターをこわがりもせず名優ぶりを発揮してくれた。ほんの数分間の放送だったが、ビデオに収録して我が家の大事な思い出の一つとなっている。
猫には猫好きの人間を見分けることが出来るようだ。シマは時々近所のあるお宅に勝手に上がりこんで寝ていたりしていた。その家でも年取った猫と犬を飼っていたのだが、そこの奥さんが家内にうれしそうに「お宅のシマちゃんが息子の部屋で寝ていましたよ」と教えてくれた。家内が恐縮すると、シマちゃんならいつでも歓迎しますと言ってくれたそうだ。猫嫌いの人には理解できないだろう。
その内に、遠くまで巡回するのだろうか、一週間とか十日とか帰ってこないことが増えてきた。その度に家内は心配して近所の植え込みや道路と畑の間の溝などを探したりしていたが、何故か私にはもうすぐ帰って来るということが分かるような気がした。実際仕事帰りにふと今日はシマが出迎えてくれるなと思ったりすると、駐車場のかげからニャゴニャゴいいながら何事も無かったように現れたりしたものである。もしかしたら猫にはテレパシー能力のようなものが有るのかもしれない。シマは日が暮れるとよく外に出たがったが、帰って来るのはいつも夜中の2時、3時だった。熟睡しているはずの私が不思議に目を覚まして家に入れてやるのだが、何の物音もしないのに「ああ、シマが帰って来た」と分かるのだ。そのあと私は再びぐっすりと寝入るのである。家内にどうして分かるのかと聞かれたことがあるが、なんとも答えようが無い。
だがある日突然シマはいなくなった。一晩中帰ってこなかったその朝、私にはもうシマは永久に帰って来ないことが漠然と感じられた。この時は家内も同じようだった。何時もの「シマは帰ってこなかったね」という会話をお互い避けていた。何度も大怪我をしたり、何処かに閉じ込められていたのか骨と皮にやせ細って哀れなほど爪をすり減らして帰って来たこともある。その度に驚異的に復活していたのだが、往年の元気は段々減退していたようだ。
死期をさとって隠れたのか、いなくなってしまうと本当に寂しいものだ。夜蒲団でうつ伏せになって本を読んでいるとよく私の背中や足をわざと踏んで歩いたり、読んでいる本の上に座り込んだりしたものだが、もうそんなシマを見ることも出来なくなってしまった。
それから暫くして「福岡動物里親の会」という、捨て犬や捨て猫を保護するボランティア団体から今の猫たちを貰い受けた。虚勢や不妊の手術を受けた猫たちで、室内だけで飼育するのが条件である
この子たちを貰うのにも因縁めいた話があるのだが、きっとシマが引き会せてくれたに違いないと思っている。それぞれ悲しい過去のある猫たちだが、今は我が家で屈託無くしている。この子たちを見るたび、シマの冥福を祈らずにはいられない。
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