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名取 一幸(小郡三井)
宮の陣橋を皆さんはご存知ですよね。私は毎日、この橋を渡っています。宮の陣のいわれは、後醍醐天皇の第11皇子である征西将軍宮、懐良親王(かねよししんのう/かねながしんのう)に因んだものです。南北朝時代に、親王は、菊池武光、阿蘇氏らとともに、この地に陣を敷き、北朝方足利軍と激突しました。この菊池武光は、大刀洗の由来にも関係しています。
去年、私は、宮の陣神社の将軍梅を見に行く機会がありました。この紅梅は、大保原の合戦前に、親王が、念持仏を安置した時に植えられたといわれています。この戦いで、九州の拠点である太宰府を制圧したようです。
親王の最後は諸説紛々で、定かではありませんが、親王の墓があると伝えられている千光寺(あじさい寺)にも行ってみました。寺の奥に小高い場所があり、そこにひっそりと石塔が立っていました。親王の埋葬された場所は、他に、熊本県八代市悟真寺や、八女星野村の大円寺など数箇所の言い伝えがあるようです。苔むした石塔を前にして歴史のロマンを感じ、たまには歴史探訪もいいものだと思った次第です。
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