「呻吟語―人はいかに生きるべきか―」
 小郡市  栗田茂二朗

 
大事難事看担当。逆境順境看襟度。(大事難事に担当を看る。逆境順境に襟度を看る。)
 真に大事なこと、困難な事に直面した時、その人の責任感や本当のカがわかる。また逆境になった時、順境の中にあるとき、その人がどの程度の襟度をもっているかがわかる。
 これは、私が対処に迷った時、苦しい時に、人はいかにあるべきかを示し、また幾度も進むべき道を教えてくれた、「呻吟語」の一節です。
  呻吟語は、明の時代の呂新吾の著作ですが、明の時代も現代と同じく混迷の時代でありました。呻吟語は、その時代を悩み苦しみぬいて生きた著者の沈痛なうめき声の記録です。その内容は、著者の苦しみぬいて到達した確信を示し、又はどうあるべきか、いかに生きるべきかを示した名著です。
 私も凡夫ですから、不惑の40才の頃、今の自分はこれでよいのか、もう一度自己をみつめ直す必要があるのではないかと悩みました。古今の哲学書、中国、日本の古典を読みあさっている時に、この呻吟語に出会い、以後仕事、医院の経営、人生など、多くの事を学びました。読者の先生方も一度この本を読まれれば、得るべきところが多いのではないか と思います。過日、京セラの創始者である稲盛和夫氏も呻吟語の一節を引用されていましたが、先生方のみならず、社会の指導的立場にある人の必読の書の一つと思います。
 以後は、私が事にふれて頭に浮かぶこの書の一節を引用します。
 胸中有一箇見識、則不惑紛雑之説。(胸中に一箇の見識あれば、則ち紛雑の説に惑わされず。)
 治世莫先無偽。(世を治むるには、偽りなきより先なるはなし。)  
 深沈厚重、是第一等資質。磊落豪雄、是第二等資質。聡明才弁、是第三等資質。(深沈厚重なるは、これ第一等の資質なり、磊落豪雄なるは、 これ第二等の資質、聡明才弁なるは、これ第三等の資質なり。)この国、社会の混迷の因は、第三等の才だけの人物が、上に居るためか。
 千万病痛、只有一箇根本。治千病万痛、只治一箇根本。(千万の病痛には、ただ一箇の根本あり。千病万痛を治むるには、ただ一箇の根本を治む。)本質的な根本の原因を治さないかぎり、この国、社会、人も変わることができないのではないか。
 処世、只一恕字。(世に処するにはただ一の恕の字。)忍激二字、是禍福関。(忍激の二字は、これ禍福の関なり。)