西瓜、私たちのスイカ

小郡三井医師会 廣瀬 真惠

つい最近、台風前のとことん暑い日に、いとこ同士、何年ぶりだろうか集まった。
 見慣れたはずの顔は、いずれも少し丸くなっていた。おじの思い出話をするはずが、いつの間にか子供の頃に話が及ぶ。
 親の友人の外科医に預けられたまま、肝心の親は忙しくて病院に到着せず、一人きりで虫垂炎の手術を受けた私の妹。まだお茶を飲んではダメと言われたのに、看護婦さんが後ろを向いたとたん、部屋の水道の蛇口に口をつけてごくごくと水を飲んだこと。
 ある夏の日である。知り合いのおばちゃんが原鶴温泉にご飯を食べに行くという。大人たちは皆手術場で、なぜかお手伝いのお姉ちゃんもいなかった。妹と私は勝手についていって夜まで帰らず、帰ってみたら、話は誘拐事件に発展していてひどく叱られた。その晩、母がスイカを切ってくれて、私たちはもそもそと食べた。
 たぶん法事だったのだろう。いとこの家に子供たちは集まっていた。お兄ちゃんたちも小さい子たちも一塊になって遊んでいた。その日も暑かったのではないかなあ、日頃履かない白いレースの靴下がジガジガしていたのを覚えている。「あんたたち−、スイカが切れたよ。いらっしゃあい。」せみの音に混じって叔母の振り絞るような声が届き、お兄ちゃんたちはいっせいに向こうの部屋へ走った。出遅れた私たちの中にまだよくしゃべれない男の子がいた。大きなたらいに必死に近づいて「あぶあぶ」「じぶじぶ」、手にはブリキの電車が握り締められていた。たった一人真ん中のいとこのお兄ちゃんが戻ってきて、「何ね。どうしたいとね。」と、その子の顔を覗き込んだ。「ぶじぶじ・・・あぶあぶ。」お兄ちゃんはその子の電車をたらいに入れた。その子がにんまりした。「電車は泳がんよ。」お兄ちゃんはそう言いながら走っていった。たらいを覗くと亀がいた。優しい人だと思った。でも、当の本人はまったく記憶に無いと笑っている。
 子供のころ、夏は夏らしく暑かった。スイカは赤く甘かった。顔にスイカをつけて笑うと、ほっぺたがひやっとして爽快だった。今、暑くて涼しい夏を求めるには童心が必要なのかもしれない。
 うちも今年は初盆だ。お義母さんはずいぶんスイカが好きだったので、思い出もたくさんあったのかもしれない。もう聞くことはできないけれど。
 準備しときますね・・・スイカ。甘いかな。