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小郡三井 廣瀬真惠
「お疲れ様でした。」と、一年分の笑みでスタッフが帰って行きます。暮れの診療所は慌しく、風邪などで決して体調は良くなかったでしょうが、皆よく頑張った後なのでいい笑顔でした。年末はきっと忙しい主婦達に変身するのでしょう。我が家は、同居のおばちゃんや主人の母が逝ってしまい、秋に引っ越した時の荷物がそのままです。正月は祝うことも無く、「雑煮を作ってくれるだけでいいよ。」と、主人は言っていましたから平気でした。ただ、受験生が三人居る兄宅へは、「行かない。」と、宣言した一人暮らしの実家の母のことが、気がかりでした。
31日の朝は、寝坊の私と主人はそれでも人並みに起きて、それぞれ片付けしたり花を生けたりしていました。腰が痛いねと言っていたら、突然、電話がありました。実家の母からでした。「お正月はあなたたちに甘えてみる。」と言うのです。俄然、急ピッチで二人は活動し始め、とにかく母の居住空間だけは確保すべく準備をし、元旦の食卓の格好をつけるために生鮮ものを探しました。夕方になっても片付けは終わらず、御蕎麦は一応用意がありましたが、予約でいっぱいだという寿司屋さんに一番遅くでいいからと出前で夕食を頼み、やっと母を家に連れて来れたのが大晦日の夜9時でした。家に着いたときは、猫嫌いの母のために寝室から猫たちを誘い出す目的でしょうか、部屋の外で、天井までの大きなキャットランドを主人が必死に組み立てていました。又、ホームセンターで買ってきたのか、ファンヒーターも増えていました。身体の悪い母に気を使ってくれたみたいです。おかげさまで、二人だけの寂しい大晦日と正月は、予定が変わって、暖かく、賑やかなものになりました。
年も改まり、私の一日は、また、ばたばたと過ぎて行きます。そして、それぞれに個性的なすばらしいスタッフに囲まれて私は仕事をします。学生時代も大学病院で勉強させてもらっていたときも、嫌なことはあったかも知れませんが、思いやりのある友人や優しく厳しい先輩たちと充実した良い日々を送ってきました。女性としても一人の医師としても十分に生きている気がします。女性の力を十分に発揮できる職場環境の獲得は、医師に限らず社会全体の女性の同一の問題と思われますが、その人の環境はその人とその周りの人が構成しているのですから、「人」が大切だと思います。自分が愛して自分をまた愛してくれる人たちの、さりげない思いやりが、私を生かしてくれています。難しいことですが、多くの人たちが多くの人に気持ちをめぐらせていれば、仕事のしやすい環境ができるのでしょうか。それは仕事場だけではなく家庭のことでもあるでしょう。
子供のころより母には「手に職を持ちなさい。」と言われ、父には女も男も関係ない、と、物語や理科の実験の本をよく買ってもらいました。一緒にキャッチボールやバドミントンもしました。医師になってからは、「教師くさいと医者くさいは、僕のもっとも嫌いとするところだからね。」と、父に言われ、聞き流したふりをしていましたが、影響されているかも知れないなと、最近は思っています。
留守をするというのに、裏玄関に庭木と少々の水仙を生けてきた母は、今年80歳になります。その昔、医者になりたかったこのスポーツウーマンは、自分の母親が若いうちに亡くなり、女学校卒業後は主婦を肩代わりして妹を東京の歯大へやったようです。結婚してもいろいろと苦労話があったようですが、娘のそれはまた別だと、よく心配をしているようです。大丈夫、私は苦労なんかしていませんよ。女性として医師として生きています。
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