| 外圧があれば確かに日医はまとまるだろう。崖っぷちになれば初めて目の色が変り一丸となるかもしれない。こう言う人がいる。「日本医師会は行くところまで行かないと変らない。」。しかし、一度地に落ちた良い意味での医師や医療職のステータスが再浮上することはきわめて困難に違いない。ハイリスクの知的産業に携わる我々が知の拡大再生産を現場で行うためには社会においてのその位置がしっかりしておく必要がある。つまり、適正なハイリターンは求められて当然なのである。 初めて日医代議員会に出席した。もっと活気がありエネルギーを感じるものかと思っていたがそうでもなかった。郡市医師会では医師会活動への会員はさらに冷めており活性化には程遠いものがある。地に落ちる前に活性化をはからなければならない。診療の次に大切なものは医政であると繰り返しているが、ある会員から「言われる医政とはどういうものか。」と尋ねられた。狭義と広義の医政があり、狭義の医政は医師連盟に委ねられ、問題は広義の医政である。こうお答えした。「医師会の組織的なポテンシャルを高めるための会員一人一人の医療政策決定の仕組みへの理解や医療制度そのものへの理解と問題意識と行動だろう。会員一人一人のモチベーションが高まれば組織としてのポテンシャルが高くなり狭義の場においても結果を出すことが可能となる。」。しかし現実には個々の会員は少なからずモチベーションを有しているのに行動する段階で評論家になってしまう。医師の良き特質であろうが、これが課題である。 唐澤祥人会長は日医の右肩下がりの風潮の中できわめて難しい局面に立ち向かわれ、凋落しつつあった組織を復元させる端緒を作られた。多忙による戦病を克服され元気な姿で新年度を迎えられたことを大変嬉しく思っている。また、副会長はじめ役員の先生方が情熱を持って執行部を形成されていることに期待している。 もう何年言い続けられたことであろうか、「医師会の活性化を」と。階層化されたそれぞれの段階でそれぞれの問題を抱えながら遅々として進んでいない。どこに問題があるのだろうか。個々の会員のモチベーションを消失させる何かがあるのではないだろうか。 議論するには大きく分けて二つの方法がある。レクチャー型とワークショップ型、あるいはグループ型といってもいいだろう。前者は壇上に議長がいて質疑応答が繰り返される従来型の議論形式である。これは何かを決定しなくてはならない時、導きたい結論が初めにあって少数意見も含め多くの意見に配慮しなくてはならない場合には適当な方法である。結局は多数決に拠らざるを得ないのであるから、議事運営という意味ではこの方法しかないのだろう。ワークショップはもともと作業場とか工房を意味する語であり今日的には体験型の講座を意味することが多いが、ここでは結論をあえて求めずに少人数のグループで特定の問題について十分時間をかけて議論をし、まとめようとせずに意見を発表してもらうグループディスカッションの一つの方法として考えていただきたい。議論をこそ体験するのである。このよさはまさに「違いを知る」ことである。結論は出ないでも、この違いを知る作業こそ日本医師会に欠けているのかもしれないと考えている。決定を急がねばならぬ事項があまりにも多いため、ついつい決定のための議論となってしまうが、議論のための議論も必要なのである。今、日医に求められていることは全組織的な議論の積み上げの過程での会員参加と責任ある発言の集積でないかと思っている。階層化の現場、郡市医師会での現状はどうであろうか。何人の会員から公の場で意見を出していただけたであろうか。いささか煩わしい意見に我々は冷たい視線を向けてはいないだろうか。青年医師のやや稚拙な意見だからと無視してはいないだろうか。意味なく先輩の経験論を振りかざしていないだろうか。沈黙する多くの会員にははたして意見がないのであろうか。議論の進行が事務的になっていないだろうか。日医に置き換えれば、代議員会の場で出しにくい問題やふさわしくないテーマもあるだろうが、別の場でタブー視せず議論することはできないのだろうか。ある一定以下の年齢の先生方でないとこのような議論形式には不慣れなことも知っている。であるからこそ、まず日医代議員レベルからワークショップ的な議論を試み、その経験を階層化した各組織へ広げていってはどうだろうか。実は最高意思決定機関である日医代議員会にこそ議論研修が必要なのかもしれない。 水面下で話されているいろいろなこと、官民格差のこと、私的医療施設経営と公立のそれ、大病院と中小病院、無床診療所と有床診療所、診療所と病院、専門診療科と内科や外科、慢性期と急性期、都市部と農村部、経営者と勤務医、女性医師と男性医師、北海道と東京、議論することは山とある。これらの問題についてまずは互いの違いを知ってそれを内部的なエネルギーに包含して、大人の収斂をする力が日本医師会に求められている。このハードルを越えない限り会員はなぜ一つの旗のもとに結集する必要があるのか実感に欠けたままである。 お願いしたいのはドラスティックなしかけの構築である。じわじわと変る組織改革では会員のマインドは変らない。これこそが改革といわれるような仕組みを作りつつ、恒常的に決定していかなければならない従来型の意思決定システムはきちんと守っていく、そのような方法論はないのだろうか。北里柴三郎博士以来の伝統ある日本医師会には守らなければならぬものも多いが、ただただ時間だけが空しく過ぎていく代議員会での名簿確認や投票方法なども議論に使いたいものである。議論の中で未来のリーダーも育まれる。
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