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春が過ぎ、夏が来て、秋をむかえ、やがて冬となる。昨年、私も、この自然の営みの60回目をむかえました。この機会に、日本の原点、日本仏教のふるさとである古都奈良を旅しました。
早朝、薄明の中、猿沢池のほとりより、柳ごしに興福寺の五重塔を見ました。また大池畔より、若草山を背景に、復興なった薬師寺の金堂、東西双塔、白鳳伽藍を仰ぎました。
その時の、感動、気品、荘厳さはことばを越えていました。畏敬の念をもって、ただ掌を合わせていました。
興福寺の阿修羅像は、その前に立つと、以前と変わらず、気品あるりりしさで私を見つめているようでした。ことばはなくとも、そのまなざしの奥に、何か決心しているように見えるのは私だけではないと思います。
わが国仏教美術の最高傑作と言われる薬師寺の薬師三尊像は、その如来、菩薩の造形美、穏和な表情、包容力に言葉はいりません。
掌を合わせ、ただ拝む自分がありました。また参拝する人々が、長く掌を合わせ、何か祈っている姿に強く心を動かされました。
旅のもう一つの目的は、薬師寺玄奘三蔵院伽藍の、大唐西域壁画(平山郁夫画伯)を観ることでした。
玄奘三蔵院伽藍に足を踏み入れるだけで、身が引きしまる思いです。
壁画の最初の場面は、玄奘求法の旅立ちの地、長安(西安)の大雁塔です。
4年前、西安の大慈恩寺内にある大雁塔に参りました。壁画の前に立つと、自分がその場にいるような臨場感を覚えました。西域深く進み、西方浄土、須弥山の絵は、人を寄せつけない荘厳さがあります。最後のナーランダの月の壁画には、小さく一人の人物が描かれています。玄奘三蔵と、薬師寺復興を決意し、成しとげられた高田好胤前管長をダブらせて、平山画伯が、最後に筆を加えられたとお聞きしました。
玄奘三蔵院を後にする時、高田好胤師の心のことば「悟りとは決心すること。」が私を包んでいました。
それから数日後、自宅の居間で新聞を読んでいた時のことです。
前首相の「トラスト・ミー」,「最低でも県外」,「…が私の大義だ。」の言葉が出ていました。一国の総理大臣の言葉の軽さに、あらためて唖然としました。指導者としての覚悟、責任感の以前に、この人の人間性がそうさせているのかと思わずにはいられませんでした。
またその時、ニュースで現首相の「最少不幸社会」,「戦略的互恵関係」,「一に雇用、二に雇用、三に雇用」という言葉が流れていました。空虚な、中身のないその言葉に、国家観のなさ、統治能力のなさを感じたのは私だけではないと思います。
高田好胤師の書に、言葉がその命を失い、今ほど虚偽、虚言、虚報があふれている時代はないとあります。
この国は、今、置かれた現実を直視し、無用な議論はやめて、近い将来起こるであろう困難、難局に対する覚悟が必要な時と思います。
今年、私も家内も、孫を迎える予定です。
この国の行く末を思う時、「自分でできる何かを、決心せねばならない。」と考えているところです。 |