間一髪で、いのち拾い

 小郡三井医師会 松隈 孝則

 2012年1月9日午前2時半ころ、九州自動車道上り線で、逆走車に遭遇しました。なんとか事故は回避でき、その車も事故に至らず事なきを得ましたが、当時の状況を思い出すと、いまでも足が震えます。
滅多にないことであり、今後も起こって欲しくない気持を込めて、体験を再現してみたいと思います。
 1月9日、2:20ころ、友人のY先生より、緊急手術応援の要請があり起床。準備をしていつものように、鳥栖インターから太宰府方面へ乗りました。
筑紫野インターまでは3車線で広々としているのですが、午前2時半すぎ、漆黒の闇のなかを走行している車は他には見えず、高速道路貸切気分で、当初は最左側のレーンを走行していました。
 下り車線をパトカーが赤色灯でサイレンを鳴らしながら走行しているのが1台ありましたが、気にせずに、中央分離帯側のいわゆる追い越し車線を、走行速度は120km/hくらいで走っていました。
Y先生からの電話は、慌てた様子でもなく、どのような状態なのかな、と思うくらいで、さほどの緊張感もなく走行していました。下り車線をさらに1台のパトカーがけたたましく走って行きました。この深夜の時間に事故でも起こったのだろう、気の毒に・・・という気持でした。
 ほどなく、正面に(200mくらいあったでしょうか)双眼のライトが目に入りました。下り車線を走行している車のライトかな、と思った瞬間、中央分離帯の内側であることを認識し、『逆走車?!』と判断し、咄嗟にレーンを左に変更、直後に、私の右をその車両は通り過ぎました。一瞬のことで、当初は、私自身が半覚醒状態のための錯覚ではないか、と思いました。
しかし、確かにこの目で視た、と確信した途端、心臓が止まる思いでした。
 車体の色は白かグレーかわかりませんが、明るい色だったように記憶しています。ほどなく基山PA近くを走行し灯りが見えましたので一安心し、警察へ110番通報しました。
すると、警察でも逆走車の存在を把握していたようで、落ち着いた対応でした。『何色の車ですか?』『何キロポストくらいですか?』という質問には、開いた口が塞がりませんでした、何色でもよかろうもん!と思わず口に出しました。『どの辺かは暗くてわかりません!』と語気を荒げてしまいました。
まもなく走ったころに、走行車線左側にある案内掲示に、『逆走車あり、注意』という警告が無情にも点滅していました。

 翌日、高速警察隊より電話があり経緯の報告をいただきました。
81歳の半痴呆男性が太宰府インターから逆走行して鳥栖インター付近で車両身柄とも、無事確保できたという内容。
やれやれ、無事でよかった、おたがいに。

 ゆっくり考えてみますと、3車線という広い状況でよかったこと、逆走車が中央分離帯側を走っていたから、私が左へ逃(のが)れる余裕があったこと、これがもし相手が3レーンのうち中央レーンを対向してきたら、私はどのように対応できただろうか、追い越しレーンをそのまま直進できただろうか、それとも最左レーンまで逃げ仰せただろうか、相手の車が慌てて車線変更していたら結末はどのように・・・と回想すると、また足が震えだしました。