「−いまどちらを向くべきか−」

丸山 泉 (小郡市)

 今,朝のニュースで国民保険医療費が19兆を越えたと報道している。
平成4年4月から実施された診療報酬改定は内科医である我々にどのように影響しただろうか,増減に一喜一憂している自分自身に若干なさけなくなっているこの頃である。この改定は,現在具体的な法整備が行われている第二次医療法改定とともにさらに評価され続けるであろう。受けた影響は,同じ内科医でも無床診療所,有床診療所,一般病院,老人病院など,仕事の場が異なれば,それぞれ影響が異なることはまちがいないだろう。ここでは,65歳以上の入院比は60%を越えているが基準看護を取得しているため,一応一般病院経営を生業としている私自身の考えを述べて見る。
 改定以来,色々な雑誌での論議を読んでみると余りにも各論に走り過ぎ,今後の国民医療の展望は親方まかせになっており,世論の現場にいるのは我々である事を忘れているような気がしてならない。(総論を論じる余裕もなくなっているのかもしれないが)もちろん私自身,保険点数の1点に泣き笑いしており,その1点をも獲得するため,先輩諸氏が大変な努力をなさっていることは承知している.大切な1点の議論が行われる事は当然必要であるが,もうそのレベルだけではどうしようもない所に来ているのではないだろうか。
 いささか手前勝手な視点かもしれぬが,少なくとも医師会の中でまた内科医会の中で、それぞれの人間関係においては病診連携が出来ているものと理解して,今後の真の病診連携発展のために,一読をお願いしたい。
 今回の診療報酬改定について,私個人としては大方は現状では及第点をやっても良いのではないかと考えている。多少の問題点は残るが,限られた財源の中では方向性は誤ってはいないと考えるし,今はこの選択しか無い様にも思う.そして今,病院,診療所の役割分担,在宅医療の推移と,医療法改定と連係した診療施設の類型化にむけて着々と各論の整備が進んでいる。
 むしろ問題はこれ以上の急速な改定が実行されれば病院サイド,特に医師会員の大多数が占める中小の病院,有床の診療所に相当の血が流れると予想されること,また現状の医療機関の危機感はバブル彼の金融機関の経営危機に匹敵する程のものであるのに,この危機感を理解する世論がなかなか形成されないことではないだろうか。
 診療報酬改定が薬価基準との関連でのゼロサム的な形になっていることは昭和56年からの(この年に当院は開設した)一連の流れを見れば納得の行く事であろう.財政の基本的考え方が変わらない限り,この傾向はこれからも続いて行くだろう。たとえ薬価の問題が解決しても根本的な財源のパイは変わらないのであり,これから例え若干の引き上げがあったにせよそれは人件費の上昇に吸収され,その人件費の上昇に関しては明確な計算法も考え方も,今回の改定の中ではまだ示されていないのである。

 例えば今回の改定では病院の外来診療報酬の減額分は診療所の増額に充当されたと言ってもよいだろう。そしてゼロサムをどうにかこなして来た薬価での調整に限界が来れば,すぐに病院入院の給食自己負担制度へと進んで行くだろう。おそらく2年後から具体化されると言われている.このように限られた財源の中で,世論形成が出来ないまま,ここ十数年ただ分配を変えていかざるを得なかった所に問題があるのではないだろうか。
 移植を頂点とした高度医療は高額の設備,材料,多くのスタッフを要する.しかし,移植レベルの高度医療を行える民間の医療施設がいくつあるだろうか。医療財政的に無理があっても,今まで貫かれた医の倫理からも,高額の医療を受けねばならぬ人にも機会均等は与えねばならぬ。
 AIDS患者の急速な増加も予想され,かかる医療費も増加せざるを得ないだろう,いま盛んに言われている患者を取り巻くアメニティーの改善は,新たにこれを維持する費用の高騰を生んでいる。さらに,当然の事であるが高齢化社会は多くの有病者をかかえるに違いないし,ますますマンパワーヘの財源を必要とするだろう.即ち医療費はこのままでは不足することは間違いない.また国の景気も成長率は極めて低い数字が続いて行くと考えられ,あるいはマイナス成長の局面も出てくるかもしれず,税収の延びは現状では期待できない。少なくともバブルの再発の様なことは有ってはならないし,有りえない.低成長下での医療財政基盤を早急に作り上げる必要がある。
 この様な状況の中で,いま財源の問題に国民的コンセンサスを形成しない限り,今後,公的補助金の無い(これが公的病院と根本的に異なった所である)民間の大多数の病院は経営危機を迎えることは間違いがない。もちろんこのまま行けば国民はそれぞれの家族にかかる身近な問題として患者を取り巻く環境の具体的な変化を実感し,いずれパニックを迎え,そこでおそまきながらコンセンサスが形成されるかもしれない。しかし,その時はすでに民間病院はほとんど死に体になっているだろう.人件費の上昇や,設備の更新など資金的に無理を続けている民間病院にはその日を待つ時間的な余裕はない。もし民間病院が機能しなくなった時,患者を代わって担ってくれるものもいない。
 具体的なアクションやプラン無しで,未来は語れないのである。
 では具体的なアクションとはなにか.今我々が忘れてならないのは医師会が国民から遊離している事である。幸いにも,私はいろいろな場所で年に数十回の講演をさせていただいているが(ほんのささやかな集まりがほとんどである),このような時,現在の医療にどんなにコストがかかるか,あるいは最近の医療制度の変化についても,ほとんどの方は無知に近いのが現状である.病気そのものに対する知識は増しているが,医療のしくみについての理解は非常に不足している。また医師会,内科医会の諸先生方がいかに努力しているかについても同様である。知っていてもそれは役所からの広報や新聞,テレビからの情報である。徹底的な医師会主導での広報や,辻説法方式による国民への直接対話で,理解を求める活動を組織的に開始してはどうだろうか。医師会のシンクタンクでは議論つくされた考え方を持っていても,それが国民への浸透に欠けていては力にはなり得ない。
 例えば,財源の問題では,消費税を福祉目的税としてはどうかと言う考えが以前から出されている。これは税本来の在り方にそぐわないと言う考えで見送られているが,依然政治レベルではこの考え方が生きていると考えられる。民間の保険も含めて,国民1人があとどのくらい負担すればこれだけの事が出来るのですよ,と言う具体的な図を示し,医療費の増加の受けとめ方は人生の質をどう考えるかによって大きく変わることを含め,将来にそなえた世論づくりをする必要があるのではないだろうか。
 さて,話は若干変わるが,病院にとって「施設類型化」の方向性は数年前から来るべきものとして覚悟は出来ていたが,今回はそれが極めて早急な変革を迫られたものとなっている。選択の幅はほとんどなく,待った無しの状態となっている.私の病院では65歳以上の患者割合は当然60%を越えているため,これまでの基準看護が旧1類で廃止となったため,これをまず特1類とした。現在いわゆるケアミックス病棟の方向にすすむべきかを検討中である。看護料改定の推移は過去約10年間に看護婦の数と在院日数とをからめながら変化し,現在はどのような医療を提供したいかと言うより,数として何名の看護婦を集められるかで施設類型化のどこに位置するかが決まってくる.今後の第三次医療法改定で民間病院の大多数の類型化が終了することだろう。これにより医療現場の活力を低下させることにつながって行くのではないかと危倶している。自由な発想と裁量権の中での自己改革が出来なくなれば,旧国鉄の様になるのではないだろうか.管理された組織に発展はないだろう。
 看護婦の絶対数が明らかに不足している今,老人病院に類型化されることをきらう病院は,硯在入院中の65歳以上の人を退院させるしかなくなっている。そして在院日数の短縮化のため退院をよぎなくされた家庭看護や老人施設入所の困難な要医療患者は,再び別の病院に新患として入院するだけである.病院は後方へ後方へと患者を送り込む・何のために移動するのかの理解もなく,患者はすごろくの様にあがったり,振り出しに戻ったりしているのである。
 もちろん,診療報酬の改定は優秀な厚生官僚により政策がすすめられており,おそらく,われわれと共有した苦悩も相当あると思われる。しかし現場で患者や患者の家族と直接接しているのは我々である。本来我々が世論に一番敏感であるべきなのに,彼らの方が国民の反応に最も気をくばりながら政策を推し進めている。
 中央集権的な医師会(これは止むを得ないと考えるが)が今までの中央ネゴで政策に関与していくには医師会の内部は余りにも多用化して利害が複雑になっている.この利害を越えて財源を具体的に確保しなくては,診療報酬の各論をいくら論じても,分配の部分での調整が続くなら,それは医師会の内部に混乱をまねくのみであろう。我々がやるべき事は今回の診療報酬の改定での各論の評価,総論の評価をすることであるが,より大切なのは,その間題点を医師会の立場で,現場の医師の立場で,国民にどう伝え得るかであろう。 医師会は学術団体であると規定するが故に閉鎖的になっていないだろうか,内部的な議論は活動に熱心な方々の間ではかなりのものであるが,はたして何人の会員が,平易な言葉で現在の保険医療活動の困難さを医師会の外に向かって話しているだろうか。
 誰かにまかせていてはどうにもならない時が来ている・医療,予防医学活動ももちろん医師であるわれわれの仕事であるが,医療制度に村するコンセンサスを作って行き,これを国民に理解させるのもわれわれの仕事である。
 この4月から始まった診療報酬改定に対しての各点数の具体的矛盾点,不合理性について論じるべきだったかもしれないが,今自分が置かれている立場(私的中小病院の管理者)では,すでにそのような余裕はなくなっている事を内科医会の諸氏に理解していただきたく,このような拙文になってしまった。しかし,まだやりたい医療への夢は捨てずにいる事も述べておきたい。
 医師会は何をよすがに生きて行くのか、やはり世論しかないのではないだろうか。


老医師に磧芒のなびく道    龍太