日臨内新執行部に望む −僕はもう期待しない−

丸 山  泉 (小郡・三井)

 内科医会員としてのこの10年の自分を振り返ってみれば,「福岡県内科医報」にたびたび書かせていただいた.読み返すと拙文の繰り返しで進歩のない自分が実にはずかしい.この12月で50歳になるので,40代の自分の考えの変換や,そのおりおりの医療界の問題などが思い出される.それにしても実に変化の多い10年間だった.
 1990年No.24の本誌Voice欄で「医療関連情報は次から次へと流れてくる.耳をふさいでも,目を閉じても,新しい治療,新しい法律,新しい経営,新しい保険点数,聞こえないと不安で,見えないと不安で・・・・・・.そろそろわれわれの仕事も単純化すべき時では,仕事の本質を見失う前に,医者は医者であり続けるために.」と書いたのが最初であった.この気持ちは今もちっとも変わっていない.むしろより深く感じている最近だ.単純化どころか,これに新たに介護保険が加わりますます書類書類の生活になりそうである.
 1992年No.26にはちょうど実施された改定診療報酬について「いまどちらを向くべきか」と題して,厚生省と日本医師会とで進められている中央でのネゴシエーションに政策面で関与して行くためには,医師会の内部はあまりにも多様化して利害が複雑化していること,利害を超えて外に向かっての財源の確保を考え診療報酬を論じないと限界があるだろう,それまでのようにパイの分配での小手先の診療報酬の調整が続くなら医師会の内部はますます混乱するだけだろうと述べた.このパイの配分論議は基本的には今なお変わっていないように思う.消費税の福祉目的税化の可能性についてもここで述べている.
 1994年No.28には「在宅医療を考える」というテーマの中で,1)在宅医療にかかるコストの社会的なコンセンサスづくりが必要.2)在宅医療を進める結果として,婦人や弱者の犠牲があってはならない.3)家庭まで医療の手が伸びることで個人のプライバシーがおかされてはならない.4)在宅医療こそが良いもので,在宅医療が当然だという,押し付け医療・管理医療の強化になってはならない.5)このためにも在宅医療には十分なフレキシビリティーを備えることが必要だ.6)尊厳死に村する考えが,不用意に拡大解釈され,在宅医療が見放し医療になってはならない.7)医療の選択は,あくまで患者あるいは患者の
意を介した人々の判断によらなくてはならない.そして在宅医療においても我々がそのパイに対してナイフを入れる役を担い続けようと思うなら,我々医師の意識改革も平行してなされるべきと書いた.今,介護保険が本格的開始に向けて始動してみると,やはりこれら危倶したことにはさらなる注意が必要と考えられる.昨今の財源論議からの療養型ベッドに対するバッシングに近い厚生省やマスコミの論調には,高齢者や障害者,そして慢性疾患をハンディキャップとして持つ人への気配りは忘れられているように思う.
 1995年No.29には21世紀医療のテーマで「情報産業としての医業,知識産業への回帰」という題で書いている.医師はコミュニティーの中で医療情報のエキスパートとして認められることで,知識産業への回帰を進めるべきと主張した.保険診療の複雑さとともに,落ち着きをなくす医業の現場に物の売り買いから,診断そのものや予防医学日臨内新執行部に望むなどソフトの面での評価を訴えたつもりである.
 1996年No.30では「日医新執行部に望む」のテーマの中で,医師不信と医師会不信の実態について,組織としての医師会の意思決定の非効率的,非合理的システムの見直しについて述べ,また,医師会の情報化への取り組み,特に情報伝達のネットワーク強化のためのインターネットの使用について早急に構築すべきと書いた.またイデオロギー
の対立以後のこれからの政治へのコミットのあり方について,医師会シンクタンクの強化について,そして医師は結局,誰のために発言するべきなのか,これまでのように上を向いて仕事をして医師会としての力が長期的永続的なものになるのかと述べた.
 1998年No.32では「介護保険に思う」と題して,この中で介護保険の成立過程ではからずも露呈した医師会や内科医会のまとまりの悪さ,共通認識をつくろうとする努力の不足,先見性のなさ,パワーのなさを書いた.ここではまた「かかりつけ医」という何の理論的根拠もない言葉が一人歩きする危うさについても述べた.
 そして,1999年の今原稿を書いているわけである.
 これまで文句もいわずに掲載していただいた編集委員会には感謝でいっぱいである.しかし,自分なりにおりおりに資料を開きながら書いてきたことが,どう実際には展開しているのだろうか.残念ながらこの10年の医療界,特に医師会や内科医会の組織としての変化には無力を強く感じている.承知のように介護保険は会員の十分な理解もなく混乱の中で見切り発車されているし,相変わらずマスコミの医療批判は情緒的なまま言いたい放題である.会員にしてもこれだけのエポックに入っているにもかかわらず,組織として力が会の外には向いていないように思う.
 日本臨床内科医会が医師会の内科医とまったく等分であるとは言えないが,少なくとも臨床の現場にいる内科医の意見をもっとも集約しやすい立場にあると考え,あえて新執行部にお願いする.
 本稿のテーマは「日臨内新執行部に望む」となっているが,一度でよいから旧来型のコンセンサスづくりの手法からはやや乱暴で強圧的と言われても,「新執行部は会員にこれを望む」と先に主張していただきたいのである.先行して問題を投げかけていただきたいのである.現状の会員の意識ではボトムアップの力はさらに脆弱になっているとしか思えない.実はもう会員の意識改革には期待しないことにした.どうか強力なリーダーシップを持つ執行部をつくりあげて,しかけて欲しい.また,もっともっと若いあっと驚くような役員人事の実行があっても良いのではないだろうか.
 医療界のこの変革,内科医をとりまく厳しい状況は,バブル後,財源論議の前で萎縮に萎縮を続けている.「財源」の一声の前で,本来すべき議論が歪んできたことは間違いがない.
「国に金がないから,しょうがないもんね」で,あたかも諦観からはじまったように医師会や日本臨床内科医会のトップにすべての意思決定をゆだねてきた.そのあげく決まったことを事後にぶつぶつ言い,「財源のないとやけんしょうがなか」と自分たちの頭で考えることを,自分たちの主張を末端の内科医会でまとめる労を惜しんできた.あいかわらず上座下座ばかりを気にした宴会付きの議論なし結論なしの会をこれからも続けるのではないだろうか.変わることを恐れてしまっている.あとは強力で明確な発言といわば演出家のような指導性を新執行部に期待するのみである.
 逆説とアイロニーをこめて,そうお願いする.組織の力は結局は我々会員の意識の積分なのだから.
 不惑の年から始まった10年間も大方つつがなく終わった.次のミレニアムを考えれば,こんなことなんちゅうことはないのかもしれない.これからはできるだけおとなしくしていよう.