
- 下肢静脈瘤治療 体験談
- 投稿者:嶋田病院 麻酔科 吉永 明彦

「そのかたち、いとおそろしけにて、ふくらはきに、みみすの這ふやうなるものありて……」
シカゴ大学東アジア芸術センターホームページより引用
それは10年以上前のことでした。夏の暑い日の夕暮れ時、仕事から帰ってひと風呂浴び、ソファで缶ビールを飲んでいた時でした。ふと右脚を見ると、膝下の内側に小さな膨らみがあることに気付きました。押さえると柔らかく、痛くも痒くもありません。静脈瘤だな、とすぐにわかりました。
親父にも静脈瘤がありました。蛇がうねるような、というと言い過ぎでしょうか。いや、ミミズくらいにしておきます。本人は特に気にもせず、毎朝一時間ほど散歩をしていました。
僕の脚の瘤も、それから10年以上かけて少しずつ増えていきました。でも痛みも痒みもありません。見た目も今さら気になりません。麻酔科医として下肢静脈瘤の治療は日常的に見ていましたが、「そのうち治療すればいいか」くらいに考えていました。
最近の僕の課題は運動不足です。若い頃に傷めた膝のせいで、飛んだり跳ねたりはできません。なので、もっぱら歩きます。休日には何駅分も歩くこともあります。最近の夏は暑すぎるし、冬は寒い。気持ちよく歩ける季節は案外短いものです。この文章を書いている今は、散歩にはちょうど良い季節です。
ところが、散歩好きの僕にとって困った症状が出てきました。脚のむくみと怠さです。駅の階段を上るだけで、膝から下に重りを付けたように感じます。帰宅して靴下を脱ぐと、脛にはくっきり痕が残っていました。
さらに、くるぶしの近くにできた茶色い傷痕がなかなか消えません。趾には小さな擦り傷ができ、ヒリヒリして治らないのです。血も出ないほど甘皮一枚の傷です。皮膚に甘皮があるかは知りませんが、とにかくそのくらい浅い傷でした。
「そろそろ潮時か」
去年の暮れ、血管外科の先輩にお願いして治療を受けることにしました。まずは超音波検査やCTなどの術前検査です。CT画像を見ると、右脚の静脈が見事にうねうねしていました。
手術当日の朝は絶食でした。手術台に上るのは二回目です。以前、指の爪の小さな腫瘍を取ってもらったことがあります。
普段から手術室で働いているので、不安や緊張はほとんどありませんでした。手術台に横になり、されるがままに目を閉じます。
最初は右脚のレーザー治療でした。太腿から膝下まで数か所に局所麻酔をして、その後に血管を焼灼します。麻酔の注射は少しチクチクしますが、それ以外に痛みはほとんどありませんでした。
治療は超音波を見ながら行うため部屋は暗くなり、レーザー光から目を守るために特殊なサングラスをかけます。先生も看護師さんも終始やさしく声をかけてくださり、安心して治療を受けることができました。同じ職場のスタッフですが、普段の患者さんと全く同じように接してくれたことが印象に残っています。
手術室では、普段はこちらが患者さんに声をかける側です。実際に声をかけられる立場になってみると、その一言でずいぶん安心するものだと改めて感じました。
治療後は弾性ストッキングという締め付けの強い靴下を履きました。局所麻酔の影響で少し脚を引きずる感じはありましたが、その日の午後から普通に仕事をすることができました。
脚のボコボコはきれいに消えていました。駅の階段を上る時に感じていた重りのような怠さもなくなっています。
「こんなことならもっと早く治療しておけばよかった」
これは治療後の患者さんがよく口にされる言葉ですが、僕自身も全く同じことを思いました。
それなら左脚も、と思い、今度はグルー治療という別の方法を受けることにしました。こちらはレーザーではなく、医療用接着剤を使って血管を塞ぐ治療です。
今回も治療当日の朝食は抜きました。手術前に食事を控えるのはとても大切です。睡眠薬の影響で咳や飲み込みの反射が弱くなると、吐いたものが気管に入って肺炎を起こす危険があるからです。(私は睡眠薬を使いませんでしたが・・・)
グルー治療では、レーザー治療の時のように何か所も麻酔をする必要はありません。治療はあっという間に終わりました。
ベッドで夢心地に休んでいると、看護師長がやって来て言いました。
「先生、このあと急患が入りました」
少しげんなりしながら起き上がり、そのまま仕事へ戻りました。
術後の経過はおおむね順調でした。ただ、二週間ほどして太腿の内側に少し赤みと腫れが出ました。接着剤に対する反応だったのでしょう。数日で自然に治まりました。
今では駅の階段もずいぶん楽になりました。散歩の時に感じていた脚の重りもどこかへ消えていきました。そういえば趾のヒリヒリもなくなりました。
そして何より、脚のボコボコがなくなりました。オヤジになっても、やはり少しうれしいものです。
脚のボコボコやむくみ、怠さなどで気になっている方は、一度専門の先生に相談してみてはいかがでしょうか。
脚が軽くなるだけで、なんだか心も軽くなるものですね。今はまた、季節の風を感じながら気持ちよく歩いています。
令和8年7月